448−ツクツクボウシ

人は一度も見た事がない物を目にした時、脳はそれまでの記憶の中からそれに一番近い物を選択しながらその物を理解しようとするので形体的に辻褄が合わなくてもとりあえずその物は見えているのですが、それがどの記憶にも当てはまらない物の場合はそれを視覚化できないようです。

小学生の低学年の頃に近所のお兄さんのバイクの後ろに乗せてもらいその辺をドライブするのが楽しくてよく乗せてもらっていたのですが、それは夏も終わりかけた黄昏時の農道を走っている時でした。バイクを運転中のお兄さんが顔を少し後ろに向けて私に何か話しかけます。

「タカちゃん、あそこに浮かんでいるのは何だろうね」おそらく視線は正面を向いたままだったので、その視線の先に目を凝らすのですが私には何も見えませんでした。

その内お兄さんはバイクを道の途中に止めほぼ視線と平行に正面を指差しながら「あれが見えないの?」と言うのですが、そこにはただ黄昏に包まれた細い農道が続いているだけなのです。私が何が見えているのかを聞くとお兄さんはこう言います。

「馬の首がダイハチ車の車輪の上に乗って宙に浮かんでいる」

お兄さんが何を見ていたのかはわかりませんが、ツクツクボウシ蝉しぐれの中、残念ながら私にはそれを視覚化する事は出来ませんでした。


コオロギのアトリエ http://korogi2.p2.bindsite.jp/