264−ゴムボート

10数年前のことです。

釣り仲間のK君が2人乗りのゴムボートを購入したとの事で試乗を兼ねた釣りに同行させられ
ます。

防寒着を着用していたので冬か、もしくは秋もかなり深まった時期だったと思います。

しかも夜釣りで、何故か完全に日が落ちてからの釣りでした。

たぶんその港からはボートを海に出してはいけない決まりがあり、おそらく地元の人に見られ
ないための作戦だったように思います。


その日はとても風が強く釣りには適していないのではなかろうかと思いましたがK君は新しい
ゴムボートが嬉しくてたまらないらしく、そんなことは全くお構いなしに15分ほどかけて膨
らましたボートにサッサと荷物を積み込みます。

2人分の荷物を全て積み終わり、車に戻って忘れ物がないか最終チェックを済ませボートに戻
るとそこにあるはずのボートがないではありませんか。

何と強風にあおられ勝手に出港してしまったのです。

と、次の瞬間、K君はすでに7〜8メートル離れたボートを追ってバシャバシャと冷たい海の
中に入っていきます。

ところがボートの方が早いのでついにK君は防寒着のまま泳ぎだすのですが残念ながらボート
のスピードはK君が追いつけるスピードではありませんでした。


平泳ぎで無表情のまま戻ってきたずぶ濡れのK君はさぞかしショックだったのでしょう、一言
「帰ろうか」と言ったきり帰りの車の中ではほとんどしゃべりませんでした。

どうしても諦めきれなかったのでしょう、次の日にK君は港の近辺の海岸をくまなく捜索した
そうですがゴムボートの陰も形もなかったそうです。

ただ不思議なことに港の近くの民家の壁にK君のゴムボートと全く同じ型の色違いのボートが
立てかけてあったそうです。


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