154−新車

福岡で仕事をしているときはバブルと相まって金銭的には今では考えられないくらいの余裕がありました。

毎年のように新車に乗りかえるという贅沢なこともしていたのですが、その中にガルウィングのスポーツカーに乗っていた時期があります。

といっても国産のあまり人気のない車種なのですが、ドアが上に跳ね上がるあの感じがたまらなく好きで個人的にはかなり気に入っていました。

ところが購入してまだ1週間も経っていない新車を悲劇が襲います。

週末になるとアーティストのKさんと一緒に大分に帰る事になっていたのですがその週末もいつものように仕事を終えてから一緒に帰路につくことになります。

残念ながらKさんには通常の価値観は備わっていないのでガルウィングの新車などにはほとんど興味を示しません。

私もそれを知っていますからドライブ中に話が車の話題にならなくても別に気にはしなかったのですが、まだ新車の匂いのプンプンする愛車に対して人としてのモラルを無視した信じられない行動に出たのです。

それは高速道路を走行中に起こりました。その時の状況と会話を忠実に再現したのがこれです。

K「空のペットボトルとか無いのかね?」

私「ないですよ、何をするんですか?」

K「トイレを我慢できないのだよ、何とかならないのかね」

私「だからさっきパーキングで止まりましょうかって言ったじゃないですか、もうしばらく無いです

よ、トイレ…」

K「こまったねぇ、もう我慢できそうもないね。ここでしても構わないかね」

私「何を言っているんですか、冗談じゃないですよ、やめてくださいよ」

K「…そうだ、良い考えがあるよ」

そう言うとKさんは助手席の窓を全開にした後、シートを倒したかと思うと両足を上手く折りたたみフ

ロントガラスに、上半身は後部座席に持って行き、まるで曲芸のような体勢で、何と外に向かって放尿を始めたのです。

何もかもが信じられなかったのですが、パニックの中とりあえずKさんが車外に落ちることが心配だったので車のスピードは少し落としました。

Kさんの『良い考え』で上手く行った例はほとんどありませんから嫌な予感はしていたのですが、案の定、全開の窓の隙間から車内に飛沫が大量に入ってきます。

あっという間に車内はビショビショになるのですが、ことを終えて座席に戻ったKさんは満面の笑みでこう言ったのです。

「ほらね、上手く行ったでしょ」

顔にかかった飛沫を拭いながらほとんど泣きそうな気持ちで2時間弱の道のりを完走しましたが、不思議なことに大分に帰りつくまでの周りの景色を覚えていないばかりか、Kさんと会話をした記憶もありません。


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