039−竹馬

人はめったに目にしないものを目の当たりにしたとき、それが何なのかを理解できないことがあります。

この話は福祉関係の仕事をしているEさんの体験です。

普段は市内で仕事をしているEさんが小一時間かけて大野町の自宅に帰るのはたいがい夜中になるそうです。

その時間帯には交通量も少なく車のスピードもついつい出てしまっていたらしいのですが、数年前、カーブした道の真ん中で正座をした老人と遭遇したこともあって、最近は運転に細心の注意を払っているそうです。

その日も帰宅が遅くなり、いつものように車を走らせていると、ほぼ直線の道路の前方に何かを見つけます。スピードを落としてそれを確認すると、人がこちら向きで仁王立ちしているように見えたそうです。

Eさんはまた例の類の人かと思いましたがその辺には民家などなく、人が徘徊するには不自然な場所だったので、霊的なことには否定的なEさんもその時はさすがにそれを意識したそうです。

どちらにしても係わるのが面倒なので引き返そうとも思ったそうですが、福祉関係の仕事柄そうもいきません。とりあえず人なのかそうではないのかを確認するため、車でゆっくり近づいてみました。すると異様に身長が高いことに気づきます。

両手には長い棒のようなものを持っていて、しかも足が異常に細いのです。

普通そのようなものを目の当たりにしたらその時点で引き返すのですが、Eさんは違いました。『いや、そんなはずはない。これは恐怖心による見間違いだ』そう自分に言い聞かせ、車を止めてよく観察すると確かに見間違いでした。

本当は竹馬に乗った裸の小さな子供だったのです。

そのときEさんは本気で引き返そうと思ったそうです。だって夜中の十二時すぎに裸の子供が竹馬に乗って道路の真ん中に立っているのです。普通ではありません。

『子供は車に乗せられるが、あの長い竹馬は車には積めない』混乱したEさんはそんなことを考えたといいます。それがゆっくり近付いて来たものですから、慌ててバックしようとしたEさんは車を上手く操作できずにその場に立ち往生します。

かえってそれが相手を正確に観察する結果となり、結局それは立派な角を持った「鹿」だったことを確認して一件落着するのですが、帰宅する車の中で一瞬でも見て見ぬ振りをしそうになった自分をたいそう悔やんだそうです。

しかし、あの辺に鹿とかいるのかなぁ… 


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