013−ガウン

 二十六歳の時に急性胃炎で一ヶ月あまりの入院を余儀なくされたことがあります。私の病室は二階にある個室で部屋の両サイドにも個室があり、一般の病室から少し離れているせいもあって比較的静かで結構自由な入院生活を送っていました。といっても楽しいのは最初のうちで1週間もするとさすがに飽きてきます。

昼食の後に左隣の個室のおばあちゃんが遊びに来てくれるのを楽しみにしている自分が悲しかったりするわけですが、ある日そのおばあちゃんが私に話してくれました。私が使っている個室は末期の患者が入る個室で、私が入院する前日までそういったご老人が使用していたらしいのです。その夜、治りかけていた胃がキリキリ痛んだのは、おばあちゃんの話を思い出したせいなのかもしれません。

次の日、昼食を済ませ、ベッドで読みかけの本を広げている時、それは起こりました。

ベッドは病室の窓際に頭を向けた状態で置かれていて、体を起こせば正面に入り口のドア、左の壁に洗面台、その横に愛用のブルーのガウンをハンガーで吊るしていたのですが、そのガウンの右側の袖がゆっくり動いているのです。壁に沿って持ち上がっていたのです。何とも不思議な現象に思わず近くに寄って観察してみたのですが、持ち上がる袖は壁から3センチ程離れていて壁と平行に上昇していました。袖をつまんで元の位置に戻してみたのですが、手を離すとまたユックリ上がり始めるのです。

さすがに気味悪くなった私はガウンを壁から下ろしながら、それが静電気のせいだと自分に言い聞かせました。しかしガウンはベッチンの様な分厚く重い生地ですし、今まで一度もそういう事はありませんでした。もしかすると隣の部屋に原因があるのではなかろうかと思い、隣のおばあちゃんの部屋を覗いてみると、部屋はきれいに片付けられていておばあちゃんの姿はどこにもありませんでした。

たまたま部屋に新しいシーツを持ってきた看護婦さんに話を聞いてみると看護婦さんは小さな声でこう言いました。

「明け方に急に様態が悪くなって、そのまま…」

そう言えばガウンの袖が持ち上がったのは、いつもおばあちゃんが部屋に遊びに来る時間ではあったのです。


コオロギのアトリエ http://korogi.sakura.ne.jp